3分でわかる!安和の変を簡単にわかりやすく解説!

平安時代

朱雀天皇の時代

醍醐だいご天皇の次に即位したのは朱雀すざく天皇です。朱雀天皇は藤原時平の弟である藤原忠平ふじわらのただひらを摂政・関白に任じます。

村上天皇の時代

しかし次の村上むらかみ天皇藤原忠平ふじわらのただひらが死去すると、摂政・関白を置かず、親政を行います。

親政とは天皇が直接的に政治を行うことでしたね。こうした村上むらかみ天皇の治世を天暦てんりゃくと呼びますよ。

村上天皇の時代には皇朝こうちょう十二銭じゅうにせんの最後である乾元大宝けんげんたいほう鋳造ちょうぞうされました。皇朝こうちょう十二銭じゅうにせんとは和同開珎乾元大宝までの12種類の貨幣のことでしたね。

安和の変

しかし村上天皇以降は再び藤原氏が摂政・関白になる時代が続きます。

このことに反発を強めていたのが醍醐天皇の子である源高明みなもとのたかあきらです。

源高明みなもとのたかあきらは自分の娘婿よめむこを天皇にして権力を拡大しようと企みますが、藤原氏にさむらいとして仕えていた源満仲みなもとのみつなかの密告により、このことがバレます。

その結果、源高明は969年に謀反の罪で太宰府に流されてしまいます。これを安和あんなへんといいます。これにより藤原氏の他氏排斥が完成し、藤原北家が権力を独占するようになります。

ポイント

969年:安和あんなへん→藤原氏の他氏排斥の完成!

そのため、この後の時代には摂政・関白が常に置かれるようになりますよ!

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