3分でわかる!光明子と光明皇太后の違い!超わかりやすく解説!

奈良時代

光明子と光明皇太后の違い

光明子とは

光明子こうみょうし藤原不比等ふじわらのふひとの子です。同時に藤原四子ふじわらししの妹でもあります。

光明子こうみょうしとは長屋王ながやおうへんの直後、皇族ではなく、君主に仕える身分(人臣じんしん)でありながら、初めて天皇の皇后こうごうになった人物です。

このとき光明子を皇后に迎えた天皇は聖武しょうむ天皇です。

光明皇太后とは

749年に聖武しょうむ天皇が退位し、孝謙こうけん天皇が即位すると、光明子は光明皇太后こうみょうこうたいごうという立場で強い権力を握ります。

光明皇太后こうみょうこうたいごうは藤原氏の一族だったので、藤原仲麻呂ふじわらのなかまろ紫微中台しびちゅうだいの長官に任命し、強力な権限を持たせました。

光明皇太后のバックアップで、権力を強めた藤原仲麻呂ふじわらのなかまろは756年には橘諸兄たちばなのもろえを政権から追い出し、時の権力者になります。

さらに、757年の橘奈良麻呂たちばなのならまろの反乱を鎮圧することで、藤原仲麻呂は権力を確かなものにしますが、光明皇太后が760年に死去すると、権力の土台を失ってしまいます。

その結果、孝謙上皇こうけんじょうこうの後ろ盾を得た道鏡どうきょうが勢力を拡大します。

これが光明子と光明皇太后の違いです。

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