3分でわかる!弥生文化の墓制|箱式石棺墓・甕棺墓・支石墓など

弥生時代

弥生時代の墓制

弥生時代の墓制(お墓の形式)は盲点になりやすいので要注意です。縄文時代には貧富の差が基本的にはなく、主に屈葬くっそうという手法で遺体を埋葬していましたね。

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伸展葬

ところが弥生時代になると体をまっすぐ伸ばして埋葬する伸展葬しんてんそうが主流になりますよ。

貧富の差と墓制の関係

また弥生時代のお墓の作り方は地域によってかなり異なります。弥生文化は地域性の強い文化なのです。普通の一般人は土壙墓どこうぼといって土に穴を掘って埋めるだけですが、ムラを指揮する首長しゅちょうのお墓はちょっと豪華になります。

西日本で多く見られるのが、板状の石で四方を囲んで埋葬する箱式石棺墓はこしきせっかんぼです。

九州北部の墓制

また九州北部では、大きなかめを2つ合わせた中に遺体を入れて埋める甕棺墓かめかんぼと朝鮮半島南部の影響を受けた支石墓しせきぼが多く見られます。支石墓とは遺体を甕棺墓などに埋めてその上に墓石を置くタイプのお墓のことです。

こうした甕棺墓や支石墓は青銅器などの副葬品がみられることからムラを支配した有力者(首長しゅちょう)のお墓だと考えることができます。このような権力者のお墓を首長墓しゅちょうぼといいます。

近畿地方の墓制

同じく首長の墓と考えられているのが近畿地方に多くみられる方形周溝墓ほうけいしゅうこうぼです。方形周溝墓の実際のカタチは資料集や画像検索などで一度確認してみてくださいね。

墳丘墓

さらに弥生時代後期になると墳丘墓ふんきゅうぼが登場します。墳丘墓とは土を盛った大型の墓地で、岡山県楯築墳丘墓たてつきふんきゅうぼ山陰地方四隅突出型墳丘墓よすみとしゅつがたふんきゅうぼがその代表例です。

クニの出現

こうした大規模な墓の存在は弥生時代に入ると余剰生産物(貯蓄のようなもの)をめぐってムラ同士で争いが起き、勝ち残った強力な支配者が、いくつかのムラを統合し「クニ」と呼ばれる政治的なまとまりを作っていったことを物語っています。

実際、中国の歴史書である漢書かんじょ地理志ちりしにも紀元前1世紀頃弥生中期)の日本には100余りの小国が存在していたと書いてあります。

なお日本史で最初に学ぶ史料である『漢書』地理志の詳しい解説は下記の記事を是非参考にしてみてくださいね。

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まとめ

縄文時代には貧富の差は見られませんでしたが、弥生時代に入ると貧富の差が生じ、有力者は豪華なお墓に埋葬されるようになりました。

但し、弥生時代の墓制は地域性が強く、九州北部では甕棺墓や支石墓が見られる一方、近畿地方では、方形周溝墓が見られるというようにお墓の形状が地域によって大きく異なります。

どの地域でどのような墓制があったのかをしっかり整理しておきたいですね。

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