【わかりやすく解説】「古代ドルイド教」とはどのような宗教なのか?

Pocket

古代ドルイド教とは

古代ドルイド(Druid)教はケルト人(古代ローマから見たガリア人)の宗教で、自然崇拝をその特色とし、西ヨーロッパ・イギリスを中心に、信仰されていました。

ドルイド教と聞くと、特定の宗教そのものを表しているように思えますが、「ドルイド」とは、より正確には、自然崇拝に関する共通の考えを持った、知識人(ケルト人司祭、あるいはドルイド僧)の、部族の境界をこえた、横断的なネットワークを意味します。

またドルイドは「樫の知識」を意味します。

ドルイド教の社会的機能

ドルイド僧は宗教的な指導だけではなく、政治的指導、法的紛争の調停といった機能を担っていました。

ドルイド教の変遷

その活動が活発だったのは紀元前3世紀までで、それ以降は、衰退してゆきます。

ドルイド教は、とりわけ、ガリア[ Gallia](現在の、フランス・ベルギー・スイス・オランダ・ドイツの一部)で大きな政治的影響力を持っていました。

しかし、紀元1世紀には、ローマ帝国よって、ドルイド教は禁止されてしまいます。

その結果、「ドルイド僧」達は、”異教徒”を意味する「ペイガン(Pagan)」のレッテルを貼られ、辺境の地への移動を余儀なくされ、政治的影響力を失っていきます。

6世紀末にはほぼ完全にその力を失ってしまいました。

但し、ドルイド教の儀式や教義は、その後も細々と、受け継がれていきました。

尚、ローマ帝国による異教の弾圧が及ばなかったアイルランドでは、アイルランド人がすっかりキリスト教に改宗するまで、ドルイド教は繁栄し続けました。

古代ドルイド教の創世神話

ドルイド教の創世神話には、まだはっきりしない点が多いのですが、ルイド文化の中に登場する「卵のような物体」が万物の根源、つまり世界のはじまりだと考えられているという説があります。確かに「卵」は全ての始まりを象徴するのにうってつけの題材ですね。

ローマ人の歴史家プリニウスは、この「卵」は、蛇の吐出物が乾いたものから集められた小さな物体であり、それは力を回復させる効能を持っていたと記しています。

ドルイド教の活動内容

樫の知識を意味するドルイドの称号が与えられたのは社会的地位の高い人物でした。

自然崇拝という意味では、その儀式として、人間や動物を生贄として神に捧げることもありました。儀式は基本的に湖や川、林の中で執り行われました。特に樫は聖なる木とされていました。

また、ケルト人は文字を持った民族でしたが、ドルイド教の教義や儀式の方法は、もっぱら口頭でのみ受け継がれていきました。こうすることで教義の秘密を守っていたものと推測されます。